下肢静脈瘤について
Mは常々ポジティブ・ヘルス・ケア(PHC)を標傍する積極的な健康チェックの推進を、自著や講演会で主張してきた。現代の街中でクリニックを開く医師の大切な仕事のひとつは、成人病をなるべく早く見つけて、設備の整った病院で治療を受ける手伝いをすることであると言う。
それによって、人々が高齢になっても健康で価値ある生活をエンジョイできるように手助けをしたい、その目的で規模の大きな人間ドックを自らのクリニックに展開した。親しい人があっという間に癌で逝ってしまった時、誰しも自分自身が健康であるとは断定できないことを実感した。
せっかくMが誘ってくれたから、人間ドックに入って承ようかなと心が動く。ひとりで患者になるには照れくさく、相棒のOちゃんを誘おうと電話を取る。
案の定Oちゃんは「ボク、週二回ゴルフで元気だよ。酒も美味いし、元気、ハリ、ハリ。ドックなんていいよ」という。
Tさんが長年の親友のよし承を楯にとって「付き合えよ」と食い下がると、例によってOちゃんは断れなくなった。
一九九九年一月十九日。検査を二人揃って受けることに話がまとまった。
都心にあるMのクリニックは、十一階からの見晴らしが極めてよい。どこまでも見渡せる冬の透明な眺めは、検査を受ける前の緊張を適度に和らげてくれる。
人間ドック専用の更衣室でさらさらと洋服を脱ぎ、青い検査着に着替えるOちゃんは、ゴルフ二一味のおかげか首から上と二の腕まで陽に焼け、健康色を呈ずらっと並んだ居心地の良いソファーの、受付近くに二人仲良く腰掛けて、現在の健康状態をたずねる問診表を開く。Oちゃんは、ガリ版の原紙の析目に切られた文字のようにこぢんまりと美しく同じ大きさに整った字で、まず名前と住所や職業を書き入れた。
そして注意深く質問を読んでは、「はい」か「いいえ」を丸で囲んでいく。書き終えたOちゃんの問診表は、どの質問の答えも丸で囲まれた「いいえ」が縦一列に、すっきり並んでいる。
全部で七二項目の質問のうち「はい」に丸がついたのは、たったの三項目で、ともに「軽症」と欄外に書き込んだ。例外の「はい」は、軽い痔主であること、喉が渇き糖尿の気が少しあること、時たま高血圧を呈することがあるだけである。
これだけ見ると本人が言ったように、人間ドックなんか必要ないほど、健康である。フーテンのTさんそこのけのジョークで看護婦や検査技師を笑わせながら、レントゲンを撮ったり、検査のための血を抜かれたり、日ごろ施行する側の二人が神妙に患者となって半日で検査を終えた。
クリニックが用意した昼食を、Oちゃんは「M院長、ワインは付いていないのですか」などと言いながら陽気にとった。いつものように健峻であった。
二月五日。人間ドックのフロアの、数ある診察室のひとつでMは、友人としてではなく、ひとりの医師としてOちゃんに相対した。
あの日、Oちゃんが超音波の検査を受けた直後、ベテランの検査技師が血相を変えて院長喝室に飛び込んできた。彼の騨臓の騨体部から脚尾部にかけて四五ミリもの大きく育ったよからぬものが、くっきりと写っていたのである。
検査技師は、院長が大学のころからの友人と言った人の、腹の中に見えるもののあまりの大きさに、すわ一大事と中間報告をしに来たのであった。Mも驚いたが「血液検査や他の検査も、結果を待とう」と、さすがに落ちついて答える。
時をおいて出てきた血液検査の、CA‐9という腫傷マーカーの検査データを見て、ドックだけでも三万例近くの症例を持っているMが、「あっ」と声を出した。このクリニックで今までのレコードと言えるほど高い、一六六○という数値が示されていたのだ。
腫傷マーカーというのは、特定の癌の有無を調べる血液検査で、そのうちのCA‐9は、豚臓・胆道系・大腸などの腫傷マーカーである。四十年ほど前。
検査データが出揃ったところでMはTさんにまず電話をかけた。Tさんの検査結果がすべて正常値以内で健康が保証されたことを「おめでとう」の言葉とともに伝えた。
市川は国立がんセンターに着任後の一九六二年以来、早期癌発見の端緒をつけたSのX線二重造影法を世に広めた貢献者であった。その日、聴衆に数枚のレントゲン写真を指さしながら
「この撮影法でごらんのようにこんなに早期の小さな癌が発見できます。だから皆さんもぜひ検査を受けてください」
という講話を地方で行っていた。
だが皮肉にも、この写真の早期胃癌の持ち主は、つまりこのレントゲンフィルムに写された胃袋は、つい先ほど自ら撮影のモデルとなって写させたI自身のものであったという。
国立がんセンターに帰って来た市川に、時のI総長は「おめでとう、市川君」と握手を求めたそうである。ただちに病根は取り除かれたが、「おめでとう」は、そのように完全に取り去ることのできるほど早期の癌が発見されたことに対する、総長の祝福であった。
Tさんへの電話でMは言いにくそうに、Oちゃんの検査結果が思わしくないことを付け加えた。「Oちゃんに言った方がいいかしら」Mは、医師であり親友であるTさんにたずねた。
この検査によって出て来た数値を、そっくり本人に伝えたものかどうかと、ここへOちゃんを引っ張ってきたTさんにも一緒に考えてもらいたかった。ところがTさんは、T「本人に、そのまま言うのがいいよ」と、あっさり答える。
本来、癌の告知は慎重にやるべきだと考えているMにとって、特に自分の近しい人に悪い結果を伝えるのは、医師という立場を越えて気鯵になっていた。そう言えばむかし、Mの勤めていた大学病院で、ある医師が患者に癌を告知したところ、患者は悲観して病院の屋上から飛び降りたことがあった。
あの苦い思いが心をよぎり、以後「あなたは癌です」と告げるのは、その人の家族や周辺の状況をしっかり承知してからでないと言うべきではないと考えている。MはOちゃんの家族のことや最近の彼の状態を何も知らない。
そこでTさんにたずねてきたのだが、意外にTさんはあっさりと「そのまま言えばいい」と言ってのけた。これは内科医と外科医の違いかもしれないと、私は思う。
内科は出てきた結果をさまざまに考え考えて治療を模索するが、外科医はその結果をへて、いち早く病巣をメスで切り取る方向に向かうといわれる。至近な例をとると、Hの父は内科医であったが、人の言うことをじっくりと聞き、一晩か二晩考えて結論を出してきた。
ところが外科医だった私の父は、こちらの言うことを半分聞いたところで、その場でかたづけてしまわないと気持ちが悪いらしく、一刻も早く物事を解決したがった。Hもまた外科医で、せっかち即断の傾向は否めない。
「Oちゃん、君の診断結果だけど、あまりよくないんだよ。超音波で診ると脚臓に四五ミリもの大きな影がある。CA―9も一六六○と出てるんだ。すぐにどこか専門の病院で精密検査してくれないか」
と言った。
Oちゃんは普段通りの顔で
「ああ、そう。そうかい」と、笑顔さえ浮かべて肯いた。
重ねて「早くに検査した方がいいよ」と言ったが、Mが拍子抜けするほどの軽さで、「ああ、そうだね」と答える。
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